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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9404号 判決

原告(反訴被告) 酒井繁嘉

右訴訟代理人弁護士 小坂重吉

同 山崎克之

被告(反訴原告) 巣鴨信用金庫

右代表者代表理事 田村富美夫

右訴訟代理人弁護士 高桑瀞

主文

一、原告(反訴被告)の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二、被告(反訴原告)の訴を却下する。

三、訴訟費用は本訴について生じた部分は原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた部分は被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

(主位的請求)

1.原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)と被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)との間において原告が左記供託金(以下「本件供託金」という。)の還付請求権を有することを確認する。

供託所 東京法務局

供託年月日 昭和五八年四月一九日

供託番号 昭和五八年度金第五三四〇号

供託金額 二三〇〇万円

供託者 東京地方裁判所裁判所書記官

2.訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1.被告は、原告に対し、二三〇〇万円及びこれに対する昭和五五年六月二四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

3.仮執行の宣言

二、本訴請求の趣旨に対する答弁

1.主文第一項と同旨

2.訴訟費用は原告の負担とする。

三、反訴請求の趣旨

1.被告と原告との間において被告が本件供託金の還付請求権を有することを確認する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

四、反訴請求の趣旨に対する答弁

1.被告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、本訴請求原因

(主位的請求)

1.本件根抵当権(一)、(二)の設定

高塚直子(以下「直子」という。)は、高塚直商店(以下「直商店」という。)という商号を用いて釣用具の製造販売業を営み、被告との間で信用金庫取引(以下「本件信用金庫取引」という。)をして、被告から手形貸付、証書貸付、手形割引等をうけていたものであるところ、被告との間で、昭和四六年四月二六日、直子所有の別紙物件目録記載一の土地及び二の建物(以下、合わせて「本件不動産」という。)につき、被告を根抵当権者、直子を債務者兼根抵当権設定者とし、極度額を一五〇〇万円、被担保債権の範囲を信用金庫取引、手形債権及び小切手債権とする根抵当権設定契約を締結し(以下「本件根抵当権(一)」という。)、同日その旨の登記を経由した。次いで、直子は被告との間で、昭和五〇年六月三〇日、本件不動産につき、右と同一内容の根抵当権設定契約を締結し(以下「本件根抵当権(二)」という。)、同年七月二日、その旨の登記を経由した。

2.本件連帯保証契約の締結及び本件質権の設定

原告は、直子の委託に基づき、被告に対し、昭和五一年八月三一日、直子が本件信用金庫取引によって負担する一切の債務につき、元本二三〇〇万円並びにこれに対する利息及び損害金の限度で連帯して保証する旨約し(以下「本件連帯保証契約」という。)、さらに同日、被告に対し、直子の右債務を担保するため原告所有に係る株式会社福井銀行の株式一〇万株(以下「本件株式」という。)につき、質権を設定して、右株券を被告に引き渡した(以下「本件質権」という。)。

3.元本の確定

直商店こと直子は、昭和五四年末ころから営業不振に陥り、昭和五五年四月末ころには再建の目処が立たなくなったため、同年五月一二日、神戸市内において債権者集会を開き、一般債権者に対して約一割の配当をして残債務については免除を受けるという方針のもとに任意整理を開始して営業を廃止した。従って、直子と被告との間の取引は右同日終了したので本件根抵当権(一)、(二)が担保すべき元本も、同日、確定するに至った。

4.本件質権の実行による弁済

被告は、昭和五五年六月二三日、本件質権の実行として本件株式を売却し、同月二六日、右売却代金のうち二三〇〇万円を直子の被告に対する本件信用金庫取引に基づく債務のうち二三〇〇万円の弁済に充当した。

5.本件根抵当権(一)、(二)に対する法定代位

右弁済によって、被告の有する本件根抵当権(一)、(二)は、二三〇〇万円の限度で原告に移転した。

6.本件不動産の競落と本件供託

東京地方裁判所は、株式会社マルミネ(以下「マルミネ」という。)による任意競売の申立(同庁昭和五六年(ケ)第一四五四号事件)に基づき、昭和五六年一〇月二九日、本件不動産につき競売開始決定をして手続を進めたところ、昭和五七年一一月九日、マルミネが代金五六〇〇万円で本件不動産を競落したので、昭和五八年二月一日付で売却代金交付計算書(以下「本件計算書」という。)を作成し、売却代金交付期日を同月一五日午前一〇時と指定した。右期日において、本件計算書に本件根抵当権(一)、(二)によって被告に交付すべき旨記載されている金員のうち二三〇〇万円に対し原告から本件根抵当権(一)の極度額全額及び同(二)の極度額一五〇〇万円のうち八〇〇万円につきその実行を禁止する旨の仮処分決定正本が提出されたので、右二三〇〇万円は民事執行法九一条一項四号に基づき次のとおり供託されるに至った(以下「本件供託」という。)。

(一)供託所 東京法務局

(二)供託年月日 昭和五八年四月一九日

(三)供託番号 昭和五八年度金第五三四〇号

(四)供託金額 二三〇〇万円

(五)供託者 東京地方裁判所裁判所書記官

7.本件供託金の還付請求権の帰属

本件供託がなされた二三〇〇万円は、前記5の法定代位によって本件根抵当権(一)、(二)を二三〇〇万円の限度で取得した原告に還付されるべきものである。しかるに、被告は、右供託金の還付請求権が被告に帰属すると主張して、原告への帰属を争っている。

(予備的請求)

1. 主位的請求原因1ないし4と同旨

2. 被告は、本件信用金庫取引に基づく債権の担保として、本件根抵当権(一)、(二)の他に、直子の父である高塚英二(以下「英二」という。)所有の別紙物件目録記載三、四の不動産につき、昭和五〇年六月二日、被告を根抵当権者、直子を債務者、英二を根抵当権設定者とし、極度額を五〇〇〇万円、被担保債権の範囲を信用金庫取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約を締結し、同じく英二所有の別紙物件目録記載の五ないし八の不動産(以下、同目録記載の三ないし八の不動産を合わせて「英二物件」という。)につき、昭和五一年九月一日、追加的共同担保として前同様の極度額五〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結している(以下、英二物件についての右根抵当権を「本件根抵当権(三)」という。)。この結果、本件根抵当権(一)ないし(三)の極度額は合計八〇〇〇万円に達した。これに対し、本件根抵当権(一)ないし(三)によって担保される被告の直子に対する債権総額は、本件質権実行当時、実質的には五四八三万六一二七円にすぎず、他方、原告は本件連帯保証債務を履行するに十分な資力を有していたから、被告が本件質権の実行として本件株式を売却する前に原告に対して本件連帯保証債務の履行を請求していれば、原告は、被告に対して二三〇〇万円を弁済すると同時に被告から二三〇〇万円の範囲で本件根抵当権(一)ないし(三)の一部の移転を受けることにより直子に対する同額の求償債権(以下「本件求償債権」という。)を現実に回収することが可能であった。

3. 被告は、金融機関として、物上保証人に対する担保権を実行する場合には、物上保証人に対して任意の弁済をする機会を与えて主債務者に対する求償債権確保の途を残すべく、まず物上保証人に対して支払の催告をし、しかる後に担保権実行の手続に着手すべき義務を負っており、しかも、被告の内部規則によって右手続を履践することが慣行化されていたにもかかわらず、故意又は重大な過失により物上保証人である原告に対する右催告を怠ったため、原告は任意に弁済する機会を失い、その結果、被告が支払催告をしていれば確保しえたはずの本件根抵当権(一)ないし(三)の一部の移転を受けることができず、原告の直子に対する本件求償債権は回収不可能となって原告は同額の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、主位的には物上保証人としての弁済によって取得した求償債権に基づく法定代位により本件供託金の還付請求権が原告に帰属することの確認を、予備的には不法行為に基づく損害賠償として二三〇〇万円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五五年六月二四日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(主位的請求)

1. 請求原因1、2の事実は認める。

2. 同3の事実は否認する。本件信用金庫取引は、直子が二度にわたって手形の不渡りを出したことにより東京手形交換所から取引停止処分を受けるに至った昭和五五年九月四日をもって終了したものであるから、本件根抵当権(一)、(二)の元本は、同日、取引の終了を原因として確定した。従って、本件株式が売却され、その代金が直子の被告に対する債務に充当された同年六月二六日当時においては、本件根抵当権(一)、(二)の元本は確定していなかったというべきであるから、右弁済によっては同根抵当権の移転は生じない。

3. 同4の事実は認める。

4. 同5の事実は否認する。

5. 同6の事実は認める。

6. 同7の事実は否認する。

(予備的請求)

1. 予備的請求原因1については主位的請求原因1ないし4に対する認否と同旨

2. 同2のうち、英二物件につき原告主張の根抵当権が設定されていること、被告の直子に対する本件質権実行当時における本件根抵当権(一)ないし(三)の被担保債権総額が五四八三万六一二七円であることは認め、その余の事実は否認する。

3. 同3の事実は否認する。被告が本件質権の実行に着手したのは、昭和五五年五月八日ころ、直子及びその夫高塚武(以下「武」という。)が被告のもとを訪れ、本訴主位的請求原因に対する抗弁1に記載してあるとおりの内容の動産売買契約書(乙第二号証)を被告に示した上で、原告が物上保証をした本件株式に関して将来原告が直子に対して取得すべき本件求償債権については同契約書によって決済が終わり、原告も了解している旨の説明があり、これに続いて被告に対する金利負担を早急に軽減したいので速やかに本件株式を売却、処分して直子の被告に対する債務に充当して欲しい旨の要請があったためであるから、被告には、原告主張の故意、重過失はない。

三、抗弁

(主位的請求原因に対する抗弁)

1. 求償権の事前行使

原告、直子、日本プロフアイル工業株式会社(以下「日本プロフアイル」という。)及び株式会社丸峰商事(以下「丸峰」という。)は、昭和五五年五月五日、福井県今立郡今立町新在家一二番地所在の釣具製造工場(以下「福井工場」という。)内に当時存在していた直子所有の機械設備、原材料、仕掛品等一切の動産(以下「福井物件」という。)を直子が日本プロフアイルに代金五九九二万円で売り渡し、その代金として日本プロフアイルが直子に支払うべき金員のうち二三〇〇万円は、本件質権が実行された場合に原告が直子に対して取得すべき本件求償債権に充当する旨を合意した(以下「本件動産売買契約」という。)。日本プロフアイルの代表取締役高野治士は原告の姉の子であり、原告は同会社の監査役に就任していて同会社は原告と実質的に同一体であるから、右合意により原告は日本プロフアイルの名のもとに福井物件の所有権を取得したものというべく、右は委託による物上保証人の主債務者に対する求償権の事前行使にあたるから、本件求償債権は本件動産売買契約により消滅し、従って、求償債権の存在を前提とする法定代位はなしえない。

2. 一部の法定代位における原告に対する被告の優越

被告は、本件計算書作成時において、直子に対する本件根抵当権(一)、(二)の被担保債権として三〇〇〇万円の極度額を超える五〇〇三万六一二七円の元本並びに利息及び損害金として一一五八万一五〇二円の債権を有しており、これに対して、原告が昭和五五年六月二六日にした二三〇〇万円の弁済は直子の被告に対する債務の一部についてなされたにすぎず、被告はなお極度額を超える債権を有するので、原告に法定代位によって本件根抵当権(一)、(二)の一部が移転したとしても、本件不動産の競売による売却代金全額につき被告は原告に優先して弁済を受ける権利を有するものである。

3. 代位によって移転すべき権利の譲渡

(一) 原告は、被告との間で昭和五一年八月三一日、本件連帯保証契約及び本件質権設定契約を締結するに際し、原告が本件連帯保証債務の履行又は質権の実行によって代位により取得した権利を被告が原告に無償で譲渡するよう請求したときは、右権利は当然に無償で被告に移転する旨合意した。

(二) 被告は、原告に対し、昭和五八年二月一八日到達の書面をもって、原告が本件代位によって被告から取得した権利を無償で被告に対して譲渡するよう予約完結の意思表示をした。

4. 本件供託金の按分配当

仮に以上の各主張が認められないとしても、本件供託金は、原告と被告との本件供託時における元本並びに利息及び損害金を含めた債権額の割合に応じて按分して分配されるべきである。

(予備的請求原因に対する抗弁)

通知、催告義務の免除

原告は、被告に対し、昭和五一年八月三一日、本件質権を設定するに際し、主債務者である直子が債務の履行を怠ったときは、何らの通知、催告なしに本件株式を任意の方法により処分してその代金を直子の被告に対する債務に充当しても異議を述べない旨を約した。

四、抗弁に対する認否

1. 主位的請求原因に対する抗弁1のうち、高野治士が日本プロフアイルの代表取締役で原告の姉の子にあたり、原告が日本プロフアイルの監査役であることは認め、その余の事実は否認する。

2. 同2のうち、被告の直子に対する債権の元本が本件計算書作成時において五〇〇三万六一二七円であることは認め、その余は否認する。

3. 同3(一)の事実は認める。

4. 同4の主張は争う。仮に債権額により按分すべきであるとしても、二三〇〇万円についてではなく、本件根抵当権(一)、(二)の極度額三〇〇〇万円について按分比例をすべきであり、原告、被告とも利息及び損害金を除いた元本を基準として按分すべきである。

5. 予備的請求原因に対する抗弁は否認する。

五、再抗弁

1. 本件動産売買契約の無効

(一)  虚偽表示

直子は、本件動産売買契約当時、合計二億円にのぼる債務超過の状態に陥っており、倒産すれば取引先等の債権者が福井工場に殺到することが十分予想されたので、福井物件を右債権者らから保全するために日本プロフアイルと通謀の上、本件動産売買契約を締結する際、いずれも福井物件を売買する意思がないのにその意思があるように仮装することを合意した。

(二)  錯誤

日本プロフアイルは、福井物件の時価が合計二〇〇〇万円にも満たなかったにもかかわらず、武の説明を信じて五九九二万円の価値があるものと誤信し福井物件が同額の価値を有するものとして直子との間で本件動産売買契約を締結した。よって、同契約は要素の錯誤により無効である。

2. 本件動産売買契約の取消

(一)  直子の代理人である武は、日本プロフアイルに対し、本件動産売買契約締結に際し、福井物件の時価が二〇〇〇万円に満たないにもかかわらず、五九九二万円もの価値があるように告げて日本プロフアイルを欺き、その旨誤信させて同契約を締結させた。

(二)  日本プロフアイルは、直子に対し、昭和五五年一一月二五日到達の書面をもって本件動産売買契約を取り消す旨の意思表示をした。

3. 権利の濫用

被告の直子に対する債権の元本は本件計算書作成当時五〇〇三万六一二七円であるところ、被告はその担保として本件根抵当権(一)ないし(三)を有しており、その極度額は合計八〇〇〇万円に達していたから、被告が本件質権を実行すると同時に又はその直後に本件根抵当権(三)を実行していれば、原告の本件求償債権は優に確保しえたものであるのに、被告は原告の主張を頭から否定し、一方当事者である武の主張のみに加担して本件求償債権の事前消滅を口実に三年近くも本件根抵当権(三)の実行を怠り、その間遅延損害金を増加させてきた。かような被告の態度に鑑みるときは、前記抗弁2の被告の優先権の主張は権利の濫用としてその主張を封じるべきである。

4. 代位によって移転すべき権利の譲渡の無効

原告と被告は、本件質権設定に際し、前記抗弁3(一)の予約完結権の行使時期を本件信用金庫取引の継続中に限る旨合意した。直子は昭和五五年五月一二日に倒産して任意整理を始めたのであるから、そのころ本件信用金庫取引は終了した。従って、その後になされた本件予約完結の意思表示は無効である。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1及び2の事実は否認する。

2. 同3のうち、被告の直子に対する元本債権額及び被告がその担保として本件根抵当権(一)ないし(三)を有していることは認め、その余は否認する。

3. 同4の事実は否認する。なお、直子と被告との間の与信契約が打ち切られても貸付金が残存する限り取引継続中と解すべきである。

七、再々抗弁

被告は、本件動産売買契約が再抗弁1(一)に記載のように仮装されたものであることを知らなかった。

八、再々抗弁に対する認否

否認する。

九、反訴請求原因

1. 本件根抵当権(一)、(二)の設定

本訴主位的請求原因1と同旨

2. 被担保債権額

被告は、直子との間の信用金庫取引に基づいて発生した直子に対する債権として本件計算書作成時において五〇〇三万六一二七円の元本債権並びに一一五八万一五〇二円の利息及び損害金債権を有していた。

3. 本件不動産の競落と本件供託

東京地方裁判所は、マルミネによる任意競売の申立に基づき、昭和五六年一〇月二九日、本件不動産につき、同庁昭和五六年(ケ)第一四五四号事件として競売開始決定をして手続を進めたところ、昭和五七年一一月九日、同会社が代金五六〇〇万円で本件不動産を競落したが、昭和五八年四月一九日右売却代金のうち二三〇〇万円が、本訴主位的請求原因6に記載のとおり供託されるに至った。

4. 本件供託金の還付請求権の帰属の争い

原告は、本件供託金の還付請求権が原告に帰属すると主張して、被告への帰属を争っている。

よって、被告は、根抵当権に基づき、本件供託金還付請求権が被告に帰属することの確認を求める。

一〇、反訴請求原因に対する認否

すべて認める。

一一、抗弁

本訴主位的請求原因2ないし5と同旨

一二、抗弁に対する認否

本訴主位的請求原因2ないし5に対する認否と同旨

一三、再抗弁

本訴主位的請求原因に対する抗弁1ないし4と同旨

一四、再抗弁に対する認否

本訴主位的請求原因に対する抗弁1ないし4に対する認否

と同旨

一五、再々抗弁

本訴再抗弁1ないし4と同旨

一六、再々抗弁に対する認否

本訴再抗弁1ないし4に対する認否と同旨

一七、再々々抗弁

本訴再々抗弁と同旨

一八、再々々抗弁に対する認否

本訴再々抗弁に対する認否と同旨

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、本訴主位的請求について

一、本訴主位的請求原因1(本件根抵当権(一)、(二)の設定)、同2(本件連帯保証契約の締結及び本件質権の設定)及び同4(本件質権の実行による弁済)の各事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件質権の実行による弁済が本件根抵当権(一)、(二)の元本の確定後になされたものであるときは、本件根抵当権(一)、(二)は右求償権の範囲において、原告に移転したことになる。

二、そこで、先ず、本件質権の実行による弁済が本件根抵当権(一)、(二)の元本の確定後になされたものか否かにつき検討する。

〈証拠〉によれば、以下の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

1. 直子は、昭和四一年ころから高塚直商店の商号を用いて東京都墨田区内の父英二所有の工場(以下「東京工場」という。)において魚釣り用の特殊な靴を製造して販売し、昭和五一年ころからは、夫の武が他の会社の勤務をやめて直商店の経営全般を切盛するようになった。直商店は、昭和四九年ころ、神戸市内に工場(以下「神戸工場」という。)を借りて靴の整形、出荷をし、更に昭和五一年に右製品の販売を目的とする株式会社ガルソンを同市内に設立したが、事業拡張に急なあまり、自己資金の裏付を欠き、神戸進出のころから資金繰りのよくない状態が続いた。

2. 直子は、昭和四六年四月二六日、被告(駒込支店扱)との間で信用金庫取引を開始し、以後被告を主要な取引金融機関として取引を継続するようになった。その後、神戸進出に伴う資金的手当のために、昭和五〇年六月二日、英二所有の別紙物件目録記載三、四の不動産につき被告のために直子を債務者とする極度額五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、その後も右各物件に順次根抵当権を設定し、昭和五五年一月当時、本件不動産には合計五二〇〇万円の抵当権及び根抵当権が、英二物件には極度額合計五〇〇〇万円の根抵当権がそれぞれ限度いっぱいに設定され、これ以外に直子や武には担保に供すべき不動産はなかった。当時、直子は、被告から約二億円の与信枠を得ていたが、同年一月ころには常時右与信枠を約二〇〇〇万円も超過する貸付を受けていたため、直子が右超過分を返済して枠内に戻したうえ与信枠を拡大しない限り被告から新たな融資を受けることは期待できない状況であった。

3. 武は、直商店を切盛するようになった後の昭和五一年八月三一日大学時代からの親友で群馬県桐生市に住む原告に被告と本件連帯保証契約及び本件質権設定契約を締結してもらうなどの援助を受けていたが、昭和五一年の終りころから翌五二年の初めにかけて、経費の高い神戸工場をやめて他に移転することを考え、原告の意見を容れて原告の甥の高野治士が経営する福井県今立郡今立町新在家所在の日本プロファイルの工場を増築し、その一部を賃借して移転することになった。ところが右増築工事が遅れ、ようやく昭和五四年三月ころ一部完成した工場に神戸工場からの移転を一部開始し、また、同年六月ころ東京工場の操業も停止して同工場の機械を福井工場に移動させたが、工場移転の遅れや福井工場の製品に不良品が多く出たことなどから売上げが減少し、昭和五五年一月ころには従業員の給料の支払にも窮する状況であった。

直商店は、昭和五四年二月ころ商品の大手販売先であるミツウマ販売株式会社(以下「ミツウマ」という。)からも商品納入前に代金相当分の手形を振り出してもらう方法で金融を得、また、原告の紹介で同人の兄秀雄が代表取締役をしている丸峰からも資金を借りたりしたが、経営を建て直すには至らなかった。

4. 以上のような状況のもとで、昭和五五年四月一日に直商店の被告に対する一四一八万三六七三円の債務の弁済期が到来し、また、同月中には多額の支払手形の満期が到来することになっていたが、このうち同月二〇日支払分については、同月中旬ころ、ミツウマの販売総代理店木村三男商店振出の手形を担保に丸峰から借金して決済し得たものの、同月末に期日が到来する手形等の決済のためにはどうしても約一〇〇〇万円の資金が不足していた。そこで、同月二〇日ころ、武は原告に融資方を申し入れたが断わられ、次いで高野治士を介して丸峰に右資金の融資方を申し入れた。その結果、丸峰、ミツウマ、日本プロフアイルの三者と武とが東京都豊島区西池袋の丸峰本社で直商店の再建策を協議することになり、直商店の経理状態を調査したところ、負債は合計一億八四四二万三〇〇〇円、資産は定期預金五三四五万二〇〇〇円と材料、製品、仕掛品等の合計三〇〇〇万円を合わせて八三四五万二〇〇〇円であり、差引九八四二万五〇〇〇円の債務超過の状態で、更に四月末に額面合計約一二〇〇万円の手形の満期が到来することが判明したが、当面一〇〇〇万円程度を融資すれば四月末の手形は決済でき、倒産は一応回避しうるものと考えられたので、同月三〇日、酒井秀雄、高野治士、ミツウマの岡田部長、武及び直子が協議した結果、丸峰とミツウマは直商店を支援するが、将来は丸峰の資金的援助のもとに新会社を設立し、直商店の営業を引き継ぎ、ミツウマは新会社へ材料を供給するとともに新会社から商品を買い上げるとの合意が成立し、同日、丸峰は直商店に約一〇〇〇万円を融資した。

翌五月一日、丸峰は、直商店再建策の一つとして直子から本件不動産を五六〇〇万円で買い受け、その代金のうち三四〇〇万円を直子の被告に対する債務の支払に、一五〇〇万円を直子のミツウマに対する債務の支払に充てることを約し、残金七〇〇万円で本件不動産の第五順位の抵当権設定登記を抹消して、同日付で直子から本件不動産の所有権移転登記を経由した。

5. ところが、その直後に、前回の調査時には武から何ら説明のなかった直商店の小切手が取立にまわっていたことが判明したため、丸峰が同年五月三日ころ、直商店の経理状態を再調査したところ、直商店が一億円余りの融通手形を発行していたことが判明したため、丸峰はこの状況のもとでは直商店の再建は不可能と判断し、いったん直商店を倒産させたうえで、債権者から債務の一部免除を受けて債務を整理し、次いで新会社を設立して直商店の再出発を図ろうと考え、ミツウマ及び武もこの方針に同調するに至った。そのため直商店は、次の手形の支払期日である同月一〇日には倒産が必至となった。

6. そこで、直商店は、営業を廃止して残債務の整理をするという前記方針のもとに、同月二〇日から同年六月一九日までの間に、債権者の和田莫大小工業株式会社、ナショナル護謨株式会社及び菊忠株式会社との間で、残債務の一割強を弁済してその余の債務の免除を受ける旨の合意をし、神戸工場の建物は五月末で賃貸人に返還して、操業を全面的に停止し、同年六月一七日、直商店の営業を引き継ぐ新会社として丸峰の全額出資のもとに、福井県にマルミネを設立した。被告は、直商店に対し同年四月二六日に四〇二万円を貸し付けたのを最後に、それ以降新たな信用供与はしなかった。その後の同年九月四日に直商店は銀行取引停止処分を受けた。

以上の事実を認めることができ、右事実によれば、直子の経営する直商店は、昭和五五年五月末日には各工場の操業を停止し、負債の整理や財産の処分をし、他方、主要取引金融機関である被告とは本件信用金庫取引に基づいて新たに信用供与を受ける可能性は客観的に消滅したものと認められるから、直商店と被告との取引は遅くも同年五月末日までに実質的に終了し、本件根抵当権(一)、(二)の元本はそのころ確定したものと認めるのが相当である。

従って、本件質権の実行による弁済が本件根抵当権(一)、(二)の元本の確定後であることは明らかである。

三、そこで、被告は抗弁1で、本件動産売買契約により原告は日本プロフアイルの名のもとに原告が福井物件の所有権を取得し、その対価のうち二三〇〇万円を原告の直子に対する本件求償債権に充当する旨を合意し、本件求償債権を事前に行使し右求償権は消滅したと主張するのでこれについて判断するに、高野治士が原告の姉の子で日本プロフアイルの代表取締役であり、原告が日本プロフアイルの監査役であることは当事者間に争いがなく、本件動産売買の契約書(乙第二号証)には、直子が福井物件を代金五九九二万円で日本プロフアイルに売り渡し、その代金のうち二三〇〇万円は日本プロフアイルが直商店に対し有していた被告に対する担保提供による求償債権と対当額で相殺する旨の記載があるが、契約当事者として直子と日本プロフアイル代表取締役高野治士の各署名、捺印があるのみで、原告の署名、捺印はなく、他に原告が同契約に関与したことを窺わせる記載がない。その他、原告が日本プロフアイルの名のもとに本件求償債権を事前行使したことについては、この主張に副う〈証拠〉は〈証拠〉に照らして措信し難く、他に右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、〈証拠〉を総合すると、日本プロファイルは、福井県今立郡今立町に本店及び工場を有し、プラスチック製品の製造、販売を主たる目的とする資本金一〇〇〇万円の会社で、高野治士の叔父である原告が監査役に就任しているが(原告が監査役であることは争いがない。)、原告は群馬県桐生市に居住し、同市内で桐生競艇場の施設を所有する関東開発株式会社の専務取締役及び他の数社の取締役を兼務していて多忙であり、直商店の再建に関する昭和五五年四月二〇日以降の協議にも武の友人であり、丸峰や日本プロフアイルに同人を紹介した立場上二回程出席したにとどまり、その席でもあまり発言しなかったこと、また、本件動産売買契約書作成の経緯は、直商店が同年五月一〇日に倒産必至と見込まれたので、倒産後債権者が福井工場に押しかけてくることを予想し、その場合の対応策として考え出されたものであって、酒井秀雄、高野治士及び武らが相談した結果、直商店の営業を事実上承継する新会社のために福井物件を確保しておく必要もあって、日本プロフアイルが福井物件を買い受けたことにし、その代金額も債権者を納得させるため、武の意見を容れ、正確な評価の手続を省略して、実際より高めの五九九二万円と定めたこと、また、右契約書の作成時に原告は立ち会っておらず、原告が右契約書作成の代理権を与えたり、これに同意したこともなかったこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、抗弁1はその立証がなく失当といわざるを得ない。

四、以上認定説示したところによれば、原告の取得した求償権を確保するため、被告の有する本件根抵当権(一)、(二)が弁済の代位によって原告に移転したことは否定し得ないところである。

そこで、抗弁2(一部の法定代位における被告の優越)について判断するに、本件根抵当権(一)、(二)によって担保される被告の直子に対する債権の元本総額が本件計算書作成当時において五〇〇三万六一二七円であることは当事者間に争いがなく、前記第一で認定したとおりこれよりも前の昭和五五年六月二三日に原告が本件質権を実行されることにより同月二六日被告に弁済した二三〇〇万円は直子に対する被告の債権の一部の弁済であるから、原告は本件根抵当権(一)、(二)について一部代位を生ずるところ、抵当権の不可分性(民法三七二条、二九六条)に鑑みると、本件不動産の競落代金からの弁済を債権者たる被告と一部代位者たる原告との按分比例にすることは右不可分性に反し、また、債権者を害してまで求償者を保護する必要もないというべきであるから、原告の立場は被告に劣後するものと解するのが相当である。

そうすると、極度額を超える債権を有する被告は、原告に優先して本件根抵当権(一)、(二)の実行によって、本件不動産の売却代金から弁済を受けることができる。

五、しかるところ、請求原因6(本件不動産の競落と本件供託)のうち、東京地方裁判所が昭和五六年一〇月二九日、マルミネによる任意競売の申立(同庁昭和五六年(ケ)第一四五四号事件)に基づいて本件不動産につき競売開始決定をしたこと、マルミネが昭和五七年一一月九日、本件不動産を五六〇〇万円で競落したこと及び右不動産競売事件の売却代金交付手続において二三〇〇万円が本件供託金として執行留保供託されたことはいずれも当事者間に争いがない。また、同6のうち東京地方裁判所が昭和五八年二月一日に本件計算書を作成し、売却代金交付期日を昭和五八年二月一五日午前一〇時と指定したところ、同期日において、被告に交付すべき旨右売却代金交付計算書に記載されている金員のうち二三〇〇万円について本件根抵当権(一)の極度額全額及び同(二)の極度額一五〇〇万円のうち八〇〇万円につきその実行を禁止する旨の仮処分決定正本が原告から提出されたことは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。右の事実によれば、本件不動産の競落によって、既に本件根抵当権(一)、(二)は消滅しているが、被告に交付されるべき金員(極度額相当の三〇〇〇万円)は、本件供託金二三〇〇万円を含め、前記のとおり本件根抵当権(一)、(二)の極度額を超える債権を有する被告に全額優先的に交付されるべきことはいうまでもない。被告に劣後する原告がその交付を求める余地はない。

六、そこで、次に再抗弁3の本件供託金につき原告が被告に優先して交付を受けることが権利の濫用となるか否かについて判断するに、被告の直子に対する五〇〇三万六一二七円の元本債権を担保するものとして本件根抵当権(一)ないし(三)が設定されていたことは当事者間に争いがないところ、その極度額合計は八〇〇〇万円に達し、本件不動産は昭和五七年一一月九日に五六〇〇万円で競落され、また、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第二三号証によれば本件質権実行による弁済時である昭和五五年六月二六日の時点において英二物件は合計五九九七万円の価値を有していたことが認められ、右によれば、本件不動産及び英二物件はこれを合わせると極度額合計に相応する担保価値は有していたということができるから、仮に被告が本件質権実行に近接して本件根抵当権(一)、(二)のほか同(三)も実行していれば原告の直子に対する本件求償債権の少なくとも一部の回収をなしえたものと推認しうる。

しかしながら、数個の担保権を有する者がその担保権を実行する場合、必ずこれを同時又は近接した時期に行使しなければならない義務を当然に負っているものということはできないから、被告が前記認定のとおり、本件根抵当権(一)ないし(三)を同時又は近接した時期に実行しないで前記優先弁済権を主張したとしても、これをもって権利濫用ということはできない。

よって、抗弁2は理由があるから、その余の抗弁について判断するまでもなく、原告の本訴主位的請求は棄却を免れない。

第二、本訴予備的請求について

一、予備的請求原因1の事実は、本訴主位的請求についての理由一、二のとおりこれを認めることができる。

二、次に、証人小口俊雄の証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告は本件質権を実行するにあたり、事前に原告に対しその旨の通知をしたり、その被担保債権の弁済を求めたりしなかったことを認めることができる。

しかしながら、株式に対する質権の実行に際し、被告が事前に質権設定者に対しその旨を通知し又は弁済を求めるべき義務を負っていたかについては、その旨の内規や確立した慣行が被告にあったとの主張に副うかにみえる証人石井捨男の証言は証人小口俊雄の証言に照らしてにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。また、このような義務を定めた法律上の根拠も見出すことはできない。

そうすると、原告の本訴予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三、反訴請求について

(確認の利益)

本件不動産につき東京地方裁判所昭和五六年(ケ)第一四五四号事件として任意競売手続が進行し、昭和五七年一一月九日に五六〇〇万円で競落され、昭和五八年二月一日、本件計算書が作成されたこと、同計算書によれば右競落代金のうち二三〇〇万円は本件根抵当権(一)、(二)の根抵当権者である被告に交付されるべき旨記載されていること、ところが、原告が同月一五日の売却代金交付期日に「本件根抵当権(一)の全部及び同(二)の極度額のうち八〇〇万円の限度で根抵当権の実行を禁止する」旨の処分禁止仮処分の決定正本を提出したので、右二三〇〇万円が供託されるに至ったことは、前記理由第一の一及び五で認定したとおりである。

ところで、本件供託は、民事執行法九一条一項四号の規定に基づいてなされたものであるが、その供託事由が消滅したときは、同法九二条一項により執行裁判所は右供託金について配当等を実施しなければならない。そうすると、右根抵当権実行禁止の仮処分事件の本案訴訟である本件本訴主位的請求に関する訴訟において原告敗訴の終局判決が確定したときは、右供託事由は消滅し、執行裁判所は本件計算書の記載どおり被告に弁済金を交付することになる。すなわち、原告の本訴主位的請求を棄却する旨の判決が確定し、被告がその旨の証明資料を添付して執行裁判所に上申すれば、裁判所書記官は供託所に供託金の支払委託をし、被告はその還付を受けることができるのであるから、本件反訴請求はその必要がなく、確認の利益を欠くものといわざるを得ない。

第四、結論

以上によれば、原告の本訴主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は確認の利益がないから訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河野信夫 裁判官 滝澤孝臣 奥田正昭)

〈以下省略〉

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